投稿者「stardamire」のアーカイブ

♀ vs C様、練習試合@高田馬場(2019年07月)

オフシーズン(夏季)の練習試合第七弾、最終編!
自発性のアップ。コーチの指示でなく、自分またはメンバーからの声で動く意識。「やらされている」から「やっている」への変化。
チーム戦術やフォーメーションにおいては、軸が完成しているので、あとは微調整と、積極的な柔軟さを取り入れていきます。

【スコア】
COSMOS vs 練習試合
1Q:15-7(15-7)
2Q:32-21(17-14)
3Q:52-29(20-8)
4Q:73-46(21-17)
※10分ランニングタイム、フリースロー・タイムアウトあり
MVP:ナツカ&イチ(19EFF)

試合は人数差がそのまま点差に出た感じですかね。
個々の能力は互角だったと思います。
というか、ギャロップとか、ディープスリーとか上手だったな。

ちょっと思ったのが、ハドル(試合中に集まるやつ)ですね。
ルールなので、なんとなく集まってるだけになってます。
これをもうちょっと積極的に使っていきたいな。
なので、下記に修正します。

1、何となく集まってる→Gが手招きをして集める
2、バラバラに立ってる→円陣を組む
3、話すこと
a、戦術的なことがあれば優先、マッチアップの再確認やクセなどの確認、ターンオーバーの振り返りとか。
b、なければ心理状態の確認を。落ち込んでれば励ます(サイキングアップ)、熱くなりすぎてたらおちつかせる(リラクゼーション)を意識します。
c、なにもなければ、雑談でもokです。コミュニケーションをとる習慣づけですね。

ハドルも技術なので、練習して、ちょっとずつ向上しましょう。
とりあえず、ナイスゲームでした。

2019年4勝5負(練習試合6勝1負)…

祝!あひるの空、2019年10月からアニメ放送開始!

他のバスケアニメと比べて、なかなか勝てないリアル感が高く共感できるおすすめのバスケ漫画です。
勿論、全巻持ってました!

その「あひるの空」が2019年10月より放送開始です。
乞うご期待
ん?何曜だ??

あらすじ
九頭龍(くずりゅう)高校に入学した身長149cmの車谷空は、母親に誓った「高校最初のバスケの大会で優勝」の実現のためにバスケットボール部に入ろうとする。
しかしバスケ部は花園百春・千秋兄弟を始めとする不良達の巣窟になっており、部活動などできる状況ではなかった。
だが、しつこく食い下がる空の純粋なバスケへの熱にかつてバスケをやっていた百春、千秋たちは心動かされていく。
そして空達のバスケット生活が始まった。

ドリブルに関するルールの変遷

1891年12月21日にマサチューセッツ州のYMCAトレイニングスクールでバスケットボールの最初の試合が行われました。
その時にあったルールは13個だけでした。
その時から現在に至るまでの「ドリブル」のルールの変遷を追ってみます。

【1892年~1895年】

〇ルール
片手もしくは両手で、ボールをどの方向に叩いてもよい。

〇変更理由
初期は「ボールを持ったまま走ること」が認められていませんでした。
そこで、プレイヤーは、ルールに抵触しないように、ボールをパス以外で運ぶ方法を模索していました。
ルール改正でボール叩きながら進むことが可能となりました。

〇結果
「ボールを叩いて進む」という行為が、ドリブルが発生する先駆けとなりました。

〇所感
バスケットボールが誕生した当初は、ドリブルは認められてなかったようです。

【1898年~1899年】

〇ルール
ボールを両手でキャッチしたあと、床にバウンドさせた場合は、他のプレイヤーがボールに触れたあとでなければ、再びボールに触れることはできない。
また、プレイヤーは両手では許されないが、片手であれば、何回でもボールを弾ませてよい。

〇変更理由
プレイヤーがボールを進ませる方法として、「両手でドリブルをおこなう」ようになりました。
これは、小競り合いが起こる原因となりました。
さらに、プレイヤーがゴール下で固まってしまい、小競り合いだけでなく、怪我人がでるようにまでなりました。
小競り合いや怪我を改善するために、両手でのドリブルを規制しました。

〇結果
このルール改正が現在のドリブルの起源となります。
プレイヤーは密集地帯を抜け出す時、あるいはゴールまでノーマークで行けそうな時、周囲のディフェンスを出し抜くことができそうな時にドリブルをすることができるようになりました。

〇所感
この時はまだ、ドリブル→保持→ドリブル(ダブルドリブル)が認められている状態ということですね。

【1899年~1900年】

〇ルール
ドリブルの最中は、両手でボールに触れることができる(保持)のは一回だけとする。

〇変更理由
ダブルドリブルを利用した不当なプレイ(相手に背を向けて、後ろ向きにドリブルで攻める)があったので、ダブルドリブルを防ぐためにルールを変更しました。

〇結果
ゲーム中のラフプレイを相当数除去することができました。
結果的に、プレイヤー同士のパスプレイが増え、以前よりも高度なチームプレイが多くなりました。

〇所感
文面からは、現在と同様のルールと見受けられます。
ダブルドリブルを規制した副産物として、パスが増えることでチームプレイが成熟するきっかけになったということですね。

【1901年~1902年】